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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)109号 判決 1972年1月19日

控訴人 太田雅章

右訴訟代理人弁護士 水崎幸蔵

被控訴人 国

右代表者法務大臣 前尾繁三郎

右訴訟代理人指定代理人 江口行雄

<ほか一名>

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金八三万二〇〇〇円とこれに対する昭和四四年六月一四日から支払いずみまで年五分の割合の金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金八八万円とこれに対する昭和四四年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、

一  原判決四枚目表三行目の「納」を「納入」と改め、同五行目の「敗訴に帰し」の次に、「前記競売手続で競売代金から配当を受けた訴外合名会社柴六商店はその後解散して現在その配当を受けた金員を返済することが不可能であり、結局」を加え、

二  原判決六枚目表一二行目を「8、よって原告は被告に対し金八八万〇〇五〇円の損害の内金八八万円とこれに対する本訴状送達の翌日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。」に改め、

三  原判決七枚目裏末行の次に、

「(1) 競落代金について、

訴外合名会社柴六商店は無効な競売で原告が納入した競売代金全部を右競売事件の配当により取得し、また訴外岩田良一は自己所有の物件でないものの競売により自己の債務の弁済に充てたのであるから、同訴外人らは法律上の原因なくして競売代金相当額を利得しており、原告は同訴外人らに対して不当利得返還請求権を有し、この権利を行使すべきであって、これを不法行為による損害として被告に請求するのは失当である。

(2) 不動産取得税、固定資産税について

固定資産税については、本件土地が原告の所有に属しなかったのであるから、また不動産取得税については、原告が本件土地を取得していないのであるから、原告はいずれも地方公共団体に対し不当利得返還を請求すべきであって、これを不法行為による損害として被告に請求するのは失当である。

(3) 弁護士費用について

原告は弁護士費用を損害だと主張するが、その詳細は不明であると共に、被告の応訴が不法行為とみられる程不法不当でない限り原告は応訴のための弁護士費用を被告に請求できない。しかも右事件において原告は敗訴の判決を受けたのであるから、当初から所有権がないにも拘らず、無益な訴を提起したことに帰するので、原告が右費用を負担するのは当然である。」

を加え、

四  原判決九枚目裏一二行目の「原告としては」から同一三行目「棄却する旨の」を「原告としては昭和四三年一〇月二四日言渡された最高裁判所ならびに別訴である被告国が原告となり、原告太田を被告として提起した福岡簡易裁判所昭和三六年(ハ)第七四号所有権移転登記抹消登記手続請求事件の上告審として昭和四四年七月一六日なされた福岡高等裁判所の、いずれも上告を棄却する旨の」に改め、

五  証拠≪省略≫を付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

理由

一  控訴人主張の控訴人の本件土地競落の効力が控訴人主張の訴訟の経過より法律上無効に帰したことは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は訴外足立が本件土地を訴外岩田に贈与し、所有権移転登記申請をなし、福岡法務局二日市出張所登記官は右申請を受理して登記を完了したのであるが、右所有権の移転には農林大臣の許可を必要とし、右登記官はその許可を証する書面の提出がなければ、右登記申請を却下すべきものであるのに、これを受理して登記を了したのは登記官の過失であり、右所有権移転登記を有効なりと信じて訴外合名会社柴六商店が設定を受けた抵当権の実行による競売手続において、有効に所有権を取得することができると信じて本件土地を競落した控訴人の蒙った損害に対し、国家賠償法の規定により被控訴人に賠償責任があると主張する。そして被控訴人は登記官が本件土地の贈与の許可を証する書面の提出なくして所有権移転登記申請を受理したことは認めるが、登記官には形式的審査義務があるに過ぎないから右につき過失はないと主張するので先づ右登記官の過失の有無について判断する。

わが不動産登記法上登記申請に関する登記官の審査義務は、いわゆる形式的審査主義を採るものであることは異論がなく、登記原因をなす実体的権利関係の変動の効力まで審査する権限も義務もないことは明らかであるが、≪証拠省略≫によれば本件土地は地目が山林となっているが登記簿上自創法第四一条の規定により政府が訴外足立知信に売渡したものであることが記載されているから、登記官は登記簿を一見することにより本件土地の譲渡には農林大臣の許可を必要とするものであることを知り得た筈であり、従って右申請のあった場合には、同法第三五条第一項第四号に規定する書面の提出の有無を審査するのは登記官として当然の義務に属するものである。登記簿上売渡期日の記載がないからといって、登記官が右審査義務を免れるいわれはなく、農林大臣の許可を証する書面の提出なくして本件土地の所有権移転登記申請を受理してその登記をしたのは、登記官が審査義務に違背して、却下すべき申請を受理した過失があるものといわなければならない。そうとすると、農地係員の過失の有無に関する判断をなすまでもなく被控訴人は控訴人が登記官の過失により登記簿に記載された無効の訴外足立の所有名義の存在に因り蒙った損害に対し賠償する義務があるものといわなければならない。

三  控訴人の主張する損害について検討する。

(1)  競落代金

≪証拠省略≫によれば控訴人が本件土地の競落代金として金六八万三〇〇〇円を支払った事実が認められ、右競落の無効が確定した以上、控訴人は右昭和三三年(ケ)第三五号事件の配当受領債権者に対し、その配当額について、不当利得返還請求債権を取得したものであるが、配当受領債権者である訴外合名会社柴六商店はその後解散し、現在競売代金から受けた配当金の返済は不可能であると主張し、被控訴人は右事実を明に争わないからこれを自白したものとみなすべきであり、右配当金に関する不当利得返還請求債権の存否にかかわらず、控訴人は被控訴人に対し右競落代金全額について、これを本件損害として賠償請求できると解するのが相当である。被控訴人はさらに控訴人は訴外岩田に対し不当利得返還請求権を取得しているから損害の発生はないと主張するが、訴外合名会社柴六商店が控訴人に対し不当利得返還義務を負っている限り訴外岩田が訴外合名会社柴六商店に対する債務を控訴人の出費により弁済した結果は発生せず、従って控訴人が訴外岩田に対し不当利得返還請求権を取得するいわれはないので、被控訴人の右の主張は採用しない。

(2)  競落による所有権移転登録税

(3)  不動産取得税

(4)  昭和三六年度ないし昭和四三年度固定資産税

控訴人主張の競落が法律上無効である旨が確定した以上、前記(2)ないし(4)の三種の税金はいずれも過誤納金として各税法所定の手続により控訴人が還付を受けらるべきものであって、これを本件不法行為による損害とみることはできない。

(5)  訴訟に要した弁護士報酬等

≪証拠省略≫を総合すれば、本件土地について、昭和三六年一月二三日被控訴人が原告となり福岡簡易裁判所に対し控訴人および訴外岩田良一を被告とする所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、ついで同年三月三日控訴人が原告となり福岡地方裁判所に対し訴外中川康隆を被告とし土地明渡請求訴訟を提起し、被控訴人が訴外中川のために補助参加して以来、各審級における裁判所の判断が区々となり、結局昭和四三年一〇月二四日言渡の最高裁判所昭和四一年(オ)第九二〇号事件判決と、昭和四四年七月一六日言渡の福岡高等裁判所昭和四一年(ツ)第七一号事件判決により確定するまで繋属した訴訟の費用ないし手数料として控訴人が金一四万九〇〇〇円を支出した事実が認められ、右訴訟の経過に徴すると、右費用等の支出は本件不法行為に因り生じた損害と認めるのが相当である。

以上により被控訴人は控訴人が国家公務員である登記官の過失により蒙った金八三万二〇〇〇円の損害を賠償する義務があることになる。

四  被控訴人の消滅時効の抗弁について検討する。

法律行為にもとづく金員の支出が、その法律行為の効力の存否が訴訟において争われた結果、法律行為の無効が確定してはじめて被害者にとって損害であることが判明する場合の損害賠償請求権はその訴訟の裁判確定の日から三年間の経過により時効にかかるものと解するのが相当であり、これを本件について云えば、控訴人は同人のなした競落の効力を訴訟によって争っていたところ、昭和四三年一〇月二四日言渡の最高裁判所昭和四一年(オ)第九二〇号事件の判決により、前記の競落により控訴人が取得したと主張していた本件土地の競落が法律上無効とされて控訴人の所有権に基く請求が最終的に棄却されたのであるから、控訴人はこれにより損害の発生を知ったものというべく、したがって右の時から消滅時効の進行が開始したと解すべきであり、そうすると控訴人が本件訴訟を原審である福岡地方裁判所に提起したこと記録上明らかである昭和四四年六月四日には消滅時効の完成していないことは明らかであって、被控訴人の右抗弁は採用できない。

五  よって控訴人の本訴請求は前記三の金八三万二〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかである昭和四四年六月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める部分に限り理由があり、その余は失当として棄却すべきところ、原判決中、右の認容すべき請求を棄却した部分は失当であり、本件控訴は一部理由があるから原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 弥富春吉 裁判官 原政俊 境野剛)

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